建設労働のエッセー

エッセー essayは普通 随筆など個性的で自由な散文と思われているが、もともとは試論とか小論のことであった。

11年4月或日 いま 全建総連のできること するべきこと
 東日本大震災のなかで全建総連 特に本部ができること、するべきことは山ほどある。ところがこの「国難」の『戦時』(こうした言葉は使いたくないが状況はそういうことができるので)といってもいい時期に全建総連が行っていることはその「支援対策本部ニュース」をみるかぎり『平時』の延長である点では管内閣と同じである。ボランティアや被災地支援活動は当たり前である。「木造仮設は地元で・・・」ニュースNo23なども従来の枠組みで行政に依存した姿である。
 では何ができ、なにをするべきなのか。
 全国70万人の建設労働者の組織、日本で4番目の労働組合として、できることは、まさに今緊急を要するライフラインの復旧と仮設住宅の建設と廃墟ガレキの整理など建設労働者でなければできないこと、建設労働者の職能的本分に全国的な産業別労働組合としてその職能と組織をフルに活かして取り組むことである。
 被災地域外には60万人を越える組合員がいる。この労働者にライフラインの復旧、仮設住宅、地域の整理に参加を呼び掛け、動員するべきである。それは「ボランティア精神」ではあるが、矮小化されている現在の日本の「ボランティア=無償奉仕」ではなく、職業者の社会的役割としてのなすべき仕事である。当然に正当な労働対価をうける仕事として参加するのである。
 方法は、なにも「全建総連」としての請負や作業隊をつくるだけが能ではない。全建総連はすでに『町場』『一人親方』の枠を越えたすべての建設現場で働く建設労働者の組合になっている。業者組合員や組合が工事を請け負うのではなく、建設需要に建設労働者を供給する役割とその労働者全体の労働条件を確保する立場に立っていることである。

 現在被災地で必要なのは、建設労働技能をもった労働者である。建設労働者が決定的に不足している。現地在住の組合員や建設労働者は自身とその周りのことだけで手いっぱいである。仮設住宅を請け負っている立山・ダイワなど大手プレハブ業者も、建設労働者の不足で仕事が進んでいない。
 全建総連が全国から建設労働者を動員してそうした現場に供給することは自身が日頃言っている建設労働者の社会的役割であり、その70万人の労働組合の使命である。率直に言って全国には「仕事が無い」労働者もいる。そうした者を含めれば2~3万人の規模で集めることができるであろう。またそうしなければならない。
 必要なことは、全建総連が被災地域に建設労働者を供給するとともに復旧活動に参加する建設労働者の賃金労働条件を国交省・自治体を含めて請負業者と各級建設業者団体と交渉して取り決めることである。その内容はこの事態に対する限定的で現実的なものでよい。これにより正当な労働条件のもとで非組合員を含むすべての建設労働者が安心して働くことができる。
 そしてこうした経験は、やがて「産業別労働協約」につなぐことができる。




10年8月或2日 大阪では生コンがストライキ中 
「資本主義の根幹にかかわる」
 大阪の生コン労働者が7月2日から生コンの単価引き上げを要求してストライキに入っている。生コンが止まることは建築の躯体工事ができず他の建築工事が止まることに等しい。ほんらいなら大阪府のほぼ全体で建築工事がとまっていることは大きな社会問題である。
 ところが面白いことに関西エリアのTVでは報道されているようだが、このことは全国ニュースには流されていない。なぜなら関西の生コン労働者の運動が全国に波及しないようにゼネコンやマスコミが握りつぶしているからた。かつてこの関西コン労働者の運動については日経連会長の大槻文平が「資本主義の根幹にかかわる運動をしている」と「箱根の山を越えさせない」(全国にひろまらないように抑え込む)と必死になったことがあり、資本主義を倒し労働者の味方のはずの共産党の不破哲三も虎を踏むどころか「虎の背骨を踏んでいる」と運動の分裂にやっきになったことがある。
 それはともかく、この生コンのストライキは、現在の単価では中小企業である生コン業者もそこで働く労働者のやっていけないと 1立メートル単価18000円を要求して立ち上がったものである。建設業界の人ならばわかるが現状は10000円前後ととてもやっていけない単価に抑え込まれている。
 このストライキの結果、大阪の7〜8割の建設業者はこの要求をのんで妥結しその現場には生コンが運ばれ工事が進められている。しかし、2−3のゼネコンはまだ妥結せず大きなプロジェクトなどで工事が停止している。
 なぜこのような大規模なストライキ=建設産業でいえはゼネストのようなことができるのかというと、簡単にいえば、原料であるセメントを製造するセメント大企業がカルテルを結び生コンにして販売運送する中小の生コン業者押さえてきた。一方ゼネコンは生コンの値段をたたき放題に叩き、そのためにはセメント会社と結託して別に生コン会社を作るなど業界を支配してきた。そこで生コンの労働者は労働組合をつくり、それだけでなく雇い主である生コン業者に協同組合をつくってセメント資本やゼネコンに対抗することを援助してきた。そして生コンの協同組合と生コンのいくつかの労働組合が「労働協約」を結んで業者の単価と労働者の労働条件を協力して守る体制と運動を築いてきたのだ。もちろんその道のりは厳しく資本の雇ったナラズモノに殺された労働組合の幹部もいるし、警察権力も「脅迫」「暴行」をでっちあげては労働組合を今現在も弾圧している。まさに「資本主義の根幹ににかかわる」という危機感からである。
 中小業者が経営が継続できる単価をもとめ、労働者が誇りある労働と生活ができる賃金条件を求めるのは当然である。そして「労働協約」が双方を守り大企業の横暴と闘うことに役立つことをこの関西生コンの運動が教えている。
関生hp  http://www.kannama.com/


10年8月或日
 ずぅーとここに書くのもホームページの手入れもさぼっていた。いろいろな理由があるがとりあえずは、仕事が忙しかったことが底にある。
  下の方に友人の死を書いていたが、8月1日にもう一人友人が亡くなった。彼は、大学の寮で出会い、寮を出てからは6畳一間の下宿に二人で一緒に住んだ友である。当時は無二の親友であったが、その後はいろいろあって徐々に生き方に違いがでてきた。しかし、その後も寮時代の5人の仲間で数年に一度全国から集まっては、学生時代そのままに呑み明かした。

 最後に集まったのは去年の7月だった。そのころには若い頃とは違って呑んだ議論の末に殴りあうこともなく、楽しく時を過ごすようになっていた。彼はボランティアと称してタイで定年生活をしていた。私は「どうせ、恵まれた日本の中年が、恵まれないアジアの女の子の面倒をみているのだろう。」と言っていたが、実際もおおよそそんなものだったらしい。学生時代には「新植民地主義と闘う」と言っていた彼がけっきょくは、そうしたくらしをするようになったことは、許せないものがあった。
 日本に帰国している時に受けた健康診断で異常がみつかり、そのまま末期の十二指腸ガンとアルコール性肝炎などで発覚後わずか半月で亡くなってしまった。検診まで自覚症状もなくタイでの「優雅」な生活をして最後は家族に見守られて逝ったのは幸せなのだろう。しかし、昔から酒飲みではあったが、タイでは昼間から飲み続けていたようだからやはり、いろいろな訳があったのだろう。
 実はもう一人死にそうな友人がいる。彼は二年前に肺ガンがみつかり手術と治療をしていたが全身に転移し自宅での緩和ケアを選択した。宣告で残された時間はあと一月半である。
 毎日自分の状況を写真入りでブログにのせてきたが、ついに自分で入力することができなくなり、彼女が変わって書きこんでいる。当人たちにとっては毎日生きていることが喜びであるが、日々変化する写真でみる彼の様子をみるのが辛い。

 一昨年亡くなった友、今月亡くなった友、そしていま緩和ケアをうけているこの三人は、私の学生時代からのもっとも身近で親しくしてきた友である。そしてそれを三人とも失うことになった。
 いい奴は早く死ぬんだ! と葬式のたびに居並ぶ奴に言ってきたが やはりそうだ。畜生!

09年4月或日 廉恥心
 建設労働組合の総会で来賓として来ていた県組織の専従幹部に「組合員の賃金が22年前に比べて上がるどころか逆に下がっていることを労働組合の幹部として恥ずかしくないのか」と質問をしてみた。彼は35年前から『協定賃金運動』としてやってきた運動が現実と乖離して破綻した結果この10年賃金運動をやめてきた、そして昨年から再び賃金運動を取り組んでいるとしながらも 賃金が下がっていることへの責任とそれを恥じるとは答弁しなかった。 
 確かに一般の企業労働者と違って不安定な雇用形態や重層下請け構造のなかで働く建設労働者の賃金を引き上げることは容易ではない。そして建設産業のドラスティックな構造変化の中でかつての『協定賃金運動』がその有効性をなくしているのは36年前からあきらかになっている。
 ちなみに昭和45年の大阪万博の建設労働力不足までは万博景気にのって協定賃金額と実質賃金はほぼ平行して上がってきたがそれ以降は建設産業の構造的な変化を無視してタテマエで機械的に協定賃金額を引き上げることが続けられた結果実質賃金と大きく乖離し、『協定賃金運動』そのものが破綻したのである。
 私の言いたいことは、こうした事実を認識しながら新たな賃金運動戦略を立てようともせず漫然と手をこまねいてきたユニオンリーダーとしてしての責任を問うたのである。
 私もそうした時代に別の建設労働組合の書記として運動や政策立案に関与してきた。24年前には『協定賃金運動』のあまりのひどさに担当部署の縄張りを越えて手を突っ込みその「位置づけ」を変えて賃金運動を再構築するための端緒を切り拓いてきたつもりである。なぜならば組合員の生活向上を仕事とし組合員から賃金を貰っていることはもちろんなによりも労働運動者としての自らの信条としてそうした事態を許せなかったからである。組合員に申し訳なく、恥ずかしいだけでなく 自らに悔しいのである。
 今回の発言には、24年前に端緒を拓いた改革がまったくそのまま一歩の進展もされないままに ただ『協定』という言葉を「目標」と変えただけで運動方針として平然としている組合幹部への 呆れるばかりの無能ぶり 破廉恥への怒りが含まれている。そうでなくてもプロのユニオンリーダーとして組合員の賃金を引き上げることができないことを恥じるべきだろう。賃金を改善する運動を切り拓けない自分が悔しくはないのだろうか。
 20数年間といえば生まれた子供が成人して働いている時間である。その間戦略を練り新たな方針を切り拓くために脳みそを使っていないとしか言いようが無い。単純計算で言ってもこんな奴ら一人当たりの給料として20000人の組合員は一人月20円づつを払っている。10人いれば200円である。私なら恥ずかしくてとても給料を受け取れない。
 私は陰口は言いたくないので ここにこのように掲載していることを長野県建設労連に知らせておく。
 

 

09年1月或2日
 なぜ建設業の労働条件はこれほどまでにひどいのか
 「乾いた手ぬぐいを絞るように」と言われるが、建設業の現場で働く人々の賃金労働条件はさらにひどくなっている。
 日本の建設業の労働条件が劣悪なままにおかれている主な原因として3つがあると思っている。
 ひとつはよくいわれる重層下請け構造であるが、そのなかでピンハネ、タカリの体質構造があることである。たとえば住宅建築を注文したとすると、注文者にはゼネコンや工務店から「××u ○○○○円、左官工事 ××u ○○○○円、・・・管理費 ○○円・・・」と書かれた見積書がだされる。
 この「積算」では本来の工事ごとに必要とされる材料費や工賃と工事管理費用から○○円と算出しながら、実際には、それとは無関係にピンハネした残りを「実行予算」としてそれを割り振りした金額で下請け業者にやらせる。専門的な工事などでは下請け工事業者からゼネコンや工務店の「取り分」を上乗せした「見積り」を提出させて「管理費」などと称してタカる体質構造になっている。
 こうしたことは 注文者 施主に対する重大な背信行為である。見積もった金額以下の仕事をするか、実際にかかる以上の金額で見積もっていることになるからである。
 念のために付け加えればこうしたピンハネやタカる『力』は元請の『経営努力』とか『管理能力』とはいえない。なぜなら元請の利益は本来自らが付加した価値である監理費や合理的な施工管理や資材仕入れ、技術能力などから生み出されるものである。ピンハネやタカリはもともとその金額でできる工事費に上乗せをしているか、それとも見積もった額より低い額の工事をおこなっていることになる。
 また、下請け工事は製造業の部品や材料とは違う。労賃が主でそこで使われる資材は付随的なものであり、建設業で横行している「手間請け」とよばれる労賃だけの『請負』はあきらかに出来高賃金である。労働賃金の上前をはねるのはピンハネである。
 建設業界ではこうしたことが当たり前だと思っているだけでなく ゼネコンや住宅メーカー・工務店はこの体質構造で成り立っていて元請の利益率は高い。
 日本の建設業の決算内訳は「一般管理費」が欧米に比べても2倍近く多い。その多くは「本社経費」である。それは実際の工事現場では使われない費用でありその多くを占めるのは「人件費」つまり役員や本社社員にかかる費用であり利益である。
 ところがこうした「一般管理費」をまかなうはずの「経費」や「管理費」そして「危険負担」「利益」などに該当する項目は「見積書」には見当たらない。見積書では「**工事 ××u ○○○○円」としてその工事に必要な費用だと書かれている中に『隠されている』。つまりそこに『含まれている』として現場労賃から奪っているのである。
 このままではすでに限界にきている現場労働者は身を犠牲にしても到底まともな工事はできない。注文者を欺き現場労働者から奪いつくすこの体質構造は建設業自体を蝕み崩壊させることになる。
 付け加えれば、欧米の場合、積算された「**工事 ××u ○○○○円」は実際に現場でその工事で使う費用が計上され、一般管理費も別にきちんと計上されて 時には得たい利益額までもが表記されることすらある。その結果欧米の建設業者の利益率は日本より低いが健全である。

 ふたつ目は、こうしたことが極限までひどくなっている原因である。それは「ルールなき企業間競争」に突入していることにほかならない。企業間競争は、潰すか潰されるかの生き残りをかけたデスマッチである。週刊誌によればあの ミノモンタのCMの タマホーム は 原価を考えずまず世間相場の半値の坪単価を先に決めたという。その金額でお客を集め それから儲けを抜いて仕事がなくて困っている職人に無理な賃金額でやらせているのである。
 雇い主である企業は互いに激しい競争を繰り広げている。企業にとって最大のコストは「賃金」であり、一円でも安く労働力を「仕入れる」のが至上命令となる。だが、労働賃金は砂利や材木や建材と違う。まして建設工事は職人・労働者の技能労働で成り立ち造られるのである。それを「仕入れ」として扱うこと自体に間違いがある。
 企業間の競争は際限の無い「ルール無き戦い」である。このところさまざまな業界や内容で問題になったが、会社が生き残るためには「なんでもあり」もおきている。
 ついでふれれば「企業別労働組合」は当然のこととしてこの企業間の競争に巻き込まれる。

 3つ目は、「協約賃金制度」がないことである。ピンハネ、タカリの体質構造の根本にはこれがある。
 「協約賃金」とは使用者の団体と労働者の団体が産業別あるいは職種別に標準となる賃金額を協議決定するものであり双方に拘束力をもち「労働協約」の一部となる社会的契約である。。似た言葉の「協定賃金」は労働者の団体が自分たちの仲間内で賃金額申し合わせるものだが、雇用側には拘束力がない。
 賃金に社会的な決まりが無ければ雇い主と労働者が個別に交渉して決めることになるが、よほどの労働力不足でなければ労働者が弱い立場であることは瞭然としている。労働力は生身の労働者がもつ唯一のそして売らずに溜めておくことのできない「商品」である。そのため長い運動の歴史を重ねて労働者が労働力を集団的に「売る」交渉をする組織として労働組合が作られた。
 念のためにふれておけば、業者の『談合』は禁止されているが 労働者が労働賃金を「談合」して決めることは正当な行為として確立している。 
 「競争」にはルールがある。ルールーのない争いは「戦争」である。戦争ならば兵器の差も国民をどれだけ巻き込むのも特攻に使うのも核兵器を使うのも兵糧攻めで飢え殺すのもノールールである。誰をどれだけ犠牲にしても焦土にしても勝てばいい。だが企業間競争は戦争ではない。 たかが会社ごときの競争で殺されてたまるか。
 欧米では、企業を越えて産業別あるいは職業別に基準となる賃金が「協約賃金」=労働協約として使用者団体と労働者団体の間の交渉により決められ協約されている。多くの場合その「協約賃金」は労働組合員だけでなくそこに働く非組合員にも適用される。つまり、同じ産業で働く人はトヨタでもホンダでも、大企業でも中小企業でも、同地域、同職種、同能力なら同じ賃金額である。
  これならば企業は同じ賃金額を支払うという同じルールという条件の下で技術・製品の質で公正な企業間競争を行なうことができて、労働者も企業間競争に巻き込まれない。発注者や社会にとっては公正な競争により良質な建築物を適正な価格で安定して得ることができるようになる。
 このような公正なルールをつくることは企業間競争に明け暮れる企業にはできない。できるのは労働者、労働組合だけである。公=行政に期待するむきもある。例えば「公契約法(条例)」を求める運動であるが、それも背景に労働協約などの社会的ルールがあって確立するものでありその適用範囲も公共発注の事業に限られる。
 90年代以降「市場原理」が声高にいわれているが、根本に社会の公正なルールがなければまともな「競争原理」ははたらかない。日本の実体はルールなき「安さ」だけの追求に過ぎず、「弱肉強食」「悪貨が良貨を駆逐する」の類として「原価割れ工事」「手抜き工事」「偽装」となって社会を混乱させ建築物と建設業の信頼を失墜させている。
  『市場原理』の「本場」の北米やヨーロッパでは、労働協約と「同一価値労働同一賃金額」の協約賃金制度などの社会的ルールが確立しているうえで「競争」が行なわれていることをきちんとみなければならない。
 公共工事積算の基準となっている国交省・農水省の「公共工事設計労務単価」は11年間連続引き下げられて昨年度は一人前の大工さんの賃金が「16400円」時給にすれば2000円足らずである。世間並みに土日祭を休めば年間250日×16400円=410万円(道具は自分持ち)。しかしこの金額が実際に大工さんに支払われ金額ではないことは前記した。現実には8時間ではなく10時間も12時間も働いても15000円前後の人がたくさんいる。ベテランの職人が時給1500円である。まさに「乾いた手拭をさらに絞り、使い捨てる」という状態である。
 こんな状態では、まともな仕事、建築物を造ることはできないし、若者たちは建設産業に入職しない。

 さてと、これを読んで目をむいて怒っている人たちもいるだろう。
 そもそも私も直接個人などから注文を受けてストーブを造って設置する場合も多いが代金をゼネコンなどの元請を通じて受け取ることも多い。建設業界では「弱い立場」なのである。建設産業では「元請さん」「ゼネコンさん」とよんでいるように下請けに回った者は元請が不利になるようなこと批判的なことを言ってはいけない空気がある。「生意気」である。仕事とお金が欲しければ黙っていることが処世の術だろう。
 私の場合は、個人の方でも建築家でも、ハウスメーカー・ゼネコンでも見積もりは同じである。相手によって金額を変えたりリベート的なことはしない。それでつまらなそうなことをいう会社も少なくないが「一物一価」はあたりまえのことである。もちろん元請がまともな工事管理をして公正な管理費をプラスして施主さんに請求するのならそれはそれでまた正当だと思っている。
 「仕事をだすことと金を払う」ことを笠に着てふるまうような会社の仕事の内実がたいしたことはないことも働く者は知っている。
 それはともかく、今回ここに書いたことについては異論、反論を歓迎する。いただいた異論などは公開するし間違いがあれば私も訂正をする。だから大いに議論を望む。ただし、マンガや小説ではないから「面白くない」といったたぐいはお断りである。言いっぱなしの無責任なのは某2チャンネルが遊び相手をしてくれるからそちらをお勧めする。異論、反論には必ず名前と連絡先をつけることは常識であろう。



 ’08年8月或日 日雇い派遣
  NHKで日雇い派遣問題をとりあげていた。 この数十年間は「日雇い」という言葉自体が聞きなれなくなっていたと思う。それを復活させたのはポチこと小泉純一郎である。この売国的総理については、就任したころ「小泉フィバー」を危惧したある雑誌に頼まれて小文書いたことがあるが、予想どおりとんでもないことをやった総理である。その『後継者』である安倍晋三とともに後世に名を残すべき悪宰相だと思っている。なお、安倍晋三が総理大臣を放り出したのは、腹痛でも下痢でもなく、相続税の「脱税」を週刊現代につかまれ切羽詰って報道される前に辞任したことは知る人は知るところである。
 それはともかく、「日雇い労働者健康保険」というのがある。日雇いの労働者が働いた日に労使が4:6の負担で健保印紙を買って手帳に貼り規定の枚数を貼ると月ごとに社会保険事務所で保険証に検印を押し、検印のある翌月は医者で使えるという健康保険である。前2月の印紙の枚数が足りなければもちろん健康保険が使えない。一般の人には想像もつかない不便な健康保険である。だがこの「日雇い健保」もそれまでの健康保険の制度からはずれてしまっていた労働者たちが「せめて病気の時に医者にかかれるように健康保険をつくれ!」と政府と戦って1958年に作らせたものだ。「国民皆保険」はあたりまえのように感じられるが実は先人たちの血のにじむ「社会保障闘争」によって国民が勝ち取ってきたものなのだ。
 同様の日雇い労働者がうけられる印紙を貼る「失業保険」の制度があるのだがグッドウィルをはじめ日雇い派遣会社はその制度を労働者に知らせず 政府もまた知らせる努力をまったくしていなかった。その結果、現在日雇い派遣会社で失業保険を適用できるのは全国でたった5社だったという。まったくひどい話である。
 私も若い頃この「日雇い健保」を作らせ「擬制適用」といって組合を事業主に擬制して適用させた建設労働組合の運動に参加していた。この家族を含めて104万人が使っていた「日雇い健保擬制適用」は1970年激しい戦いの末に政府によって廃止されてしまった。不便ではあったがいま考えても道理と日雇い労働者の実情に合った健康保険制度だと思っている。
 さて、「日雇い」まして「ニコヨン」という言葉は「死語」になっていた。企業にとって日々の仕事の増減に合わせて「労働力」を自由に調整できることは魅力である。でもそれは「労働力」としてみた場合であって その「労働力が生きている人間」であることを忘れている。恐ろしいことである。
 人間を労働者を『労働力』 経済学のW としかみない風潮は危険である。
 外国人労働者移入問題も同じである。ドイツは「単純労働力」として外国人労働者を大量に移入した。そして後になって「労働力と思って移入したら『人間』が来ていた。家族がいて子供を産み社会生活をすることを忘れていた」ことに気がついた。
 
 ちなみに現在も「日雇い労働者健康保険」は政府管掌の健康保険として存在している。政府は特例などで対象となるべき事業所を減らし、また労働者への周知を怠って制度を消滅をさせようとしているが、もう一度見直して不安定な就労の労働者に普及させるべきである。


 ’08年6月9日 喪う
 広島の山奥の町に学生の時からの友人を送りに行ってきた。糖尿病、脳梗塞、片目の失明、心臓にはペースメーカーとAED、今年になってからは膀胱がんまでも併発した壮絶な6年間の闘いを終えて安らかな顔で眠っていた。
 東京で7年を過ごしても「ワシャ−ノー」と広島弁を変えず全てが百姓のままだった。「百姓」というのは『放送禁止用語』なのかもしれないが、農業の大学ではあたりまえに使った自負のこもった言葉だ。
 田舎に帰って消防団や野球だけでなく地域の担い手として活躍をしていた。共産党員ではあったが公認で町会議員選挙にでると聞いた時には(共産党は地方自治にもっともむいていない政党と思っている私は)驚いた。しかし組織の応援を一切断って仲間に支持され個人票で堂々と当選したことで納得した。共産党よりも地域の人たちに信頼されていたことがわかる。共産党が総選挙で負けた時には「共産党惨敗!」と書いたビラを作りはっきりと負けを認めて反省を約束した。 面子を気にする党からは嫌がられただろうが、まっとうな百姓は言い訳や小細工などしない。
 小理屈を言わず本質を見抜いた言葉は鋭くそして優しかった。農作業と土方で節くれ立った手で仕事をこなし新しいものに挑戦した。「今日は田植えじゃケー 学校を休ませます。」と育てた子供たちは父親を尊敬し誇りとする青年になっている。
 まるで田んぼの泥の中から生まれたような漢は百姓を貫ぬき、これからは田んぼの畦を渡る風となって故郷を見守っていくだろう。
 良き友との別れはつらい。                                                                   合掌



 ’08年5月或2日  ユニオン
  実はちょうどその時 「21世紀労働運動原論 格差社会にいどむユニオン」 木下武男著 を読んでいた。木下氏は私が労働運動の仕事をしていた頃の知人で新進気鋭の労働運動論の学者であった。私は20年前に原点から労働の問題を考えてみたいとこの山の中に移住したのだが、彼はこの間にも現代社会を解明し新たな労働運動の道を解きはじめていた。辺境の労働者=非正規に光をあてて窒息している労働運動を原点から蘇らす労作である。
 それはともかく、どうも「労働者」=「雇われ人」という概念が学者の中にも固まっているようだ。その結果労働運動も「雇われ人の運動」に限定されてしまっている。私は労働者は「生産者」であることに拘りたい。そうでなければ「社会の主人公」にはなれないだろう。もちろん労働への誇りも沸いてこない。ワーキングプァーに対する格差な処遇待遇の問題の中にもまともな労働者が生産者として扱われていないという人間の尊厳への怒りと叫びが含まれていると思う。「同一労働同一賃金」の要求の根底には金額だけでなく「労働=生産への誇りと人としての平等」への要求がある。
 「雇われ人」意識に対しては、なにもそんな扱いをする奴らに「雇われる」ことだけが労働の世界ではないだろうという想いがクラフト系の私にはある。企業に雇われるというより「仕事に雇われる」というような感覚が残っているからだ。
 本来「雇用」が目的ではないはずだ。「やりがいある仕事」「意味ある労働」そして生きる手段として『雇用』があったのではないのか。別に自分でやりたい仕事があるのなら厳しくてもさっさと転職すればいいし、本当に今の仕事をつづけたいのなら 本気で戦うしかない。そうでなければ哀れすぎる。雇われ人根性で「負け犬」ではどこでも戦えないのだ。誇りを持ったヤセ犬、野犬であってこそ資本に勝つことが出来るのだ。 
 個人加盟ユニオン、ガテン系ユニオンで、あるいはノンユニオンで、身体をはり、胸を張って戦っている若者たちにエールをおくる。
 たとえ武運なく破れても みなさんの戦いは資本に対するボディーブローとして効いている。場所を変えて戦うことだっていい。大切なことは自らの労働に誇りを持ち続けることだ。そんな若者を心ある人たちは応援している。もちろん私も。

 
 ’08年5月或日  『正社員』
  世の中正直で、就職状況が良くなってからはピッタリと『求職』の問い合わせがこなくなっていた。 と思っていたら先日夕方電話が掛かってきた。その電話はこの数年仕事には使っていない私用の電話番号である。受話器をとると先方の第一声が「正社員を募集していますか?」。一瞬何のことかわからず「??」と私。それでもそろそろしっかりとした人がいれば育てて後継を考えるのもいいかなと思っていたこともあり 「人によっては考えなくもないですが」と答える。すると相手は「社宅はありますか?」。「??・・そんなものはないですね。だいたい人があまり住んでいない山の中だし・・」と私。 「場所はどこですか?」。 えッ 場所もわからないのに電話をしてきたのと思いつつ「長野県だけど・・」。 「長野ですか? 長野というとどの辺ですか?」 。おぃおぃ と思いながら「ぁのー うちはストーブを造っているんだけど・・・本当にやる気がなければとても無理ですよ! 儲かるような仕事じゃないし・・ 会社になっていても自分で働くつもりがないとダメだし」と私。 「従業員は何人ですか?」。 ありゃ なんだいこれは 「私と手伝いの人だけです。量産するような工場ではないし、自分でストーブを造るつもりがないとダメですよ」。相手 「そうですか二人ですか!」。 「そうです。無理だと思いますので やめたほうがいいですよ!」私。  
 私も労働運動にかかわってきた人間だから雇用の諸条件は大切だと思っているしもちろん社会保険、源泉など『正社員』を処遇する当然の法定の体制はしてある。だが、「働く」ということは「雇う」「雇われる」という関係だけでなく、まず自らの「労働」についてしっかり考えることが大切だと思っている。
 あの人は何をしたかったのだろう? ストーブの「ス」の字も言わなかったし 『正社員』というものになりたかったのだろうか?

 

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